大きな余震は1か月くらいかと思っていたけど、どうもそういうわけには行かないようです。各地で地球が小さな寝返りをうっているようで、落ち着かない気分です。
震災後、東京では大きな被害は無かったものの、不安な方は多いと思います。
こういったことは個人差があるので、もう平常という方もいるでしょうけど。
私は落ち着かないまま、出力50%くらいで運転中という感じです。
私は当日は新宿御苑から歩いて3時間ほどで帰宅しましたが、絵もほぼ無事で、千葉の家族とも比較的早く安否確認が取れました。
むしろ翌日絵を額屋に搬入する予定だったので、少々不安を感じつつ仕上げ作業をしなくてはいけなくて、頭はそっちでいっぱいでしたが。
その後原発事故がもちあがり、余震は納まらず、早々に展示の延期が決まり、その処理をしたり、直前に決まった三越の企画展に商品を用意したり、地震でさらに不安定になったちょっと壊れかけのHDのバックアップをとったりしている間にいつの間にか春です。
大災害のニュースをずっと見続けていて、あれこれ原発について調べたり、考えたり、データはチェックしたりして、東北の方の切迫感とは比べものにならないにしても、まだ危険信号は鳴り続けていて、どこか緊張して過ごしています。
何が一番ひっかかっているのか、こんなに悲しいのか、また違和感を感じているのか、少し落ち着いて考えてみると、もちろん多くの方が亡くなって、それを嘆く方々がいて、それに共鳴している部分は大きいのだけど、それは阪神の時もそうだし、NZの時も、スマトラ沖の時もあったわけで。
今回の件で原発周辺の土や水、海に汚染が広まって行くことに、日本にとって大事なものが傷ついて行くこと、またそれを日本人自身が招いたことに思った以上にショックを受けていることに気付きます。
私は福島に実際に住んだことも無いし、磐梯山くらいしか行ったこともほとんどないけども、そこに代々暮らして来た方、特に第一次産業の方々の心中ははかり知れません。
総理大臣や東電のエライ人が、避難を余儀なくされている方々に謝罪するのはもちろんニュースにもなっているし、海外への影響を謝るのも国として当然。
だけど、彼らが日本人を代表するなら、私としては土に、水に、海に、今花を咲かせている小さな植物に、また小さな虫や、海の様々な生物、コウナゴのためにも謝って、というかまず悲しんで欲しい。
ナイーブ過ぎると笑われるかもしれないけども、その気持ちを共有出来れば今後のエネルギー計画は違うものになるのではないかと、ちょっと恐らくは実現しないだろう希望を書いてみました。
農家の方が、苗には罪は無いとつぶやきながら、捨てていた映像が印象に残っています。
自分としても今後どういう生活をしていくのか、軌道修正が必要になりそうです。
最後になりますが、余震が続くなか原発の現場で収拾のために働いていらっしゃる方々には拝むような気持ちです。事態の収束を祈るのみです。